2015年02月

フィルムギャラリー(215)~1993年冬の九州旅6日目前半(長崎本線・佐世保線他)

本日2回目は「フィルムギャラリー」です。今回も、1993年冬(1月下旬~2月上旬)の九州旅をお送りします。
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急行「かいもん」を小倉で降りた後、一旦門司に出て特急「つばめ5号」に乗りました。多分、この時が787系初乗車だったと思いますが、かいもんに比べれば格段に快適でした。この列車を鳥栖で降りました。
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側線では寝台特急「みずほ」のヘッドマークを付けたED76-67が待機していました。当時はここから熊本行きと長崎行きに分かれていましたから、このような光景が見られたのですね。この約2年後、みずほは廃止となりますが、山陽~九州直通新幹線(速達タイプ)の愛称として、2011年に復活する事となります。
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次は唐津線に乗る為、特急「かもめ」に乗って佐賀へ。ホームには、わずか4編成8両しか存在しない713系がいました。715系の不足分を補う形で投入された形式ですが、1996年の宮崎空港線開業の際に転属し、現地にて「サンシャイン塗装」になって活躍中です。タウンシャトルのヘッドマークが前後で佐賀・長崎タイプに分かれていました。当時は900番台を名乗っていましたが、改番が行われてこの902は「2」になっています。
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唐津線の車両はキハ47系でした。現在でも同線で使用されていますが、写真の1500番台は新潟からの転属車だそうで、現在は熊本・大分地区で活躍しているそうです。
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当時の西唐津駅には、国鉄が行ったキャンペーン「チャレンジ20,000km」の記念撮影用看板があったようですね。隣の唐津は筑肥線との乗換駅でもあり、高架化されて全く雰囲気が違いました。
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当時の筑肥線電化区間の車両といえば、九州では唯一の配置である103系1500番台です。この頃は写真のように青い塗装でしたが、いつの間にか赤を基調とした塗装になり、今月からはその主役の座を305系に譲りましたね(全体の3分の2を置き換え)。
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今回は電化区間ではなく、非電化区間への乗車だったので、キハ40系の伊万里行きに乗車です。現在はキハ40系の乗り入れは無く、キハ47系かキハ125形のようです。
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伊万里からは佐世保線・大村線乗車の為の短絡ルートとして、有田まで松浦鉄道を利用しました。当時は同じ構内でしたが、2002年に新しい駅舎がそれぞれ作られて完全に分断されたようです。車両はMR-100形というものでしたが、新型車両への置き換えで2012年に系列車も含めて廃車となったようです(写真の107号は2010年で運用離脱)。
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当時の有田駅は、このような平たい感じの駅舎でした。右に写る改札口を見ると、発車時刻案内が幕式であった事が分かります。1996年に駅舎が改築されたようです。
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早岐(はいき)へ移動する為、715系で移動します。長崎柄のタウンシャトルのヘッドマークが付いていました。
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当時の早岐駅はこのような古いものでしたが、昨年10月に新しい駅舎が完成し、この姿は見納めとなりました。長崎にあった車両センターも当駅横に移転しています。
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早岐からは隣のハウステンボスへ。前年の1992年にテーマパークの移転開業に合わせて誕生し、当時は硬券入場券の販売駅でもあったので、その為に訪問していました。当時の駅舎は白っぽいものでしたが、2010年に茶色い駅舎にリニューアルしたようです。
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訪問時、ホームには専用塗装の485系特急「ハウステンボス」がいました。当初は「長崎オランダ村・ハウステンボス」だったので、長崎オランダ村を示す英語表記「NAGASAKI HOLLAND VILLAGE」がありました。ちなみに、ハウステンボスという言葉はオランダ語で「森の家」という意味だそうです。
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当時、松浦鉄道の車両はハウステンボスへの乗り入れがあったので、早岐→ハウステンボス及び、ハウステンボス→佐世保の移動にも松浦鉄道の気動車を利用していました(多分、先程と同じ型のもの)。現在は1往復のみ乗り入れがあるようです。当時の佐世保駅は改築されたものでしたが、高架化の完成は2001年だそうなので、工事途中かもしれません。

それでは、ここまでの行程です。
(6日目)
(急行「かいもん」)→小倉6:33・6:37→門司6:43・6:47→(特急「つばめ」5号)→鳥栖8:23・8:27→(特急「かもめ」5号)→佐賀8:42・9:07→西唐津10:17・10:57→伊万里11:52・12:18→(松浦鉄道)→有田12:41・12:47→早岐13:00・13:05→ハウステンボス13:10・13:19→佐世保13:52

2月のDoodleとランチパック・スナックサンド購入報告。

28日は全般に晴れましたが、午後以降は雲が増え、現時点で最高気温9.3℃・最低気温-3℃でした。

本日は2回更新です。まずは、月末恒例のDoodleとランチパック・スナックサンド購入報告です。まずはDoodleから。今月は3回確認しました。
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・3日…節分
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・14日…バレンタインデー
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・18日…アレッサンドロ・ボルタ生誕270周年(イタリアの自然哲学者・電池を発明)

ランチパックは今月は4種類です。
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・生キャラメルクリーム…長らくキャラメルを食べていなかったからか、これは今月の中では一番です。甘さもちょうどよかったように思います。
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・レアチーズ風味クリーム&いちごジャム…チーズとジャムという組み合わせは合ってたと思いますが、意外に印象に残らなかった気がします…。
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・チョコクリーム&ホイップ…どちらかと言えば、チョコ味の方が強かったでしょうか。これはチョコだけでもいい気がします…。
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・男爵いもコロッケ…今月唯一の惣菜系です。コロッケとなるとやはり衣がしっとりとなってしまう上、ソースが濃い目になるので、何か惜しいですね…。

スナックサンドは今月は2種類です。
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・玄米メープル…玄米フレークが入っていてそれが時に固いので、これは異物?と感じたりもします。ある意味、女性が好む味かもしれません…。
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・コロッケ風味&マヨ…これはランチパックと違い、衣が無いのはよかったと思いますが、スナックサンドの惣菜系特有の具の少なさに反して、味は濃いめでした…。

フィルムギャラリー(214)~1993年冬の九州旅5日目後半(豊肥本線・急行「くまがわ」・熊本駅での光景など)

27日は朝は曇り気味でしたが以降は比較的晴れ、現時点で最高気温7.3℃・最低気温1℃でした。

本日は「フィルムギャラリー」です。今回も、1993年冬(1月下旬~2月上旬)の九州旅をお送りします。
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5日目後半は大分から。これより、特急「あそ」へ乗車です。JR四国から譲り受けたキハ185系を使用して、1992年7月に運行開始しました(それまでの急行「火の山」を格上げ)。2004年3月の九州新幹線部分開業に伴って、急行「くまがわ」と統合され、「九州横断特急」に名称変更されました。
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豊肥本線沿線で最も景色がいいのは、やはり阿蘇山周辺ですね。特に、沿線で最も標高の高い波野から次の宮地にかけてが一瞬ながら高いエリアを走っている事を体感出来ます(写真左上)。立野(たての)辺りまでが阿蘇山麓になるでしょうか。
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途中の赤水でちょうど駅名標が正面に来たので、撮影しました。この頃はまだ国鉄型であり、表記も「阿蘇町」ですね。
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熊本到着後、改めて「あそ」を撮影です。当時は3両編成でしたが、現在の「九州横断特急」は2両編成(ワンマン運転)のようですね。
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次の列車まで1時間あったので、ホームにて列車を色々撮影です。まずは、寝台電車を改造した715系です。主には長崎本線・佐世保線で走っていましたが、鹿児島本線・福間~八代間でも運用されていたようです。なお、「タウンシャトル」のマークは、長崎のもののようです。1998年までに廃車となっています。
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熊本駅に居た時間帯が夕方前だった為、当時は寝台特急の客車をDE10が引っ張ってくる光景も見られました。このDE10は、当時非電化だった豊肥本線内において特急「有明」を水前寺まで直通運転する際にも使用されていたと思います(但し、熊本~水前寺間は普通列車)。
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こちらは、鹿児島本線で当時このエリアでもよく使われた415系1500番台です。既に熊本エリアでは見られなくなり、関門エリアで見るのが多いでしょうか。
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これは以前もこのカテゴリで紹介しましたが、当時の車庫には数多くのジョイフルトレインの姿がありました。そのうち「ふれあいGo」がホーム上で見られました。
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熊本から乗ったのは急行「くまがわ」です。この当時は熊本~人吉間の運転でしたが、当初は門司港~人吉間の準急として1959年に誕生しています。現在は特急として1.5往復をキハ185系で運転しています。
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熊本を出発して1時間半後、終点・人吉に着きました。冬の18時過ぎなので、外は真っ暗です。
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次の列車まで40分あったので、くま川鉄道のKT-200形を撮影しました。残念ながら未だに路線には乗っていませんが、この203号車は現在は「KUMA-1」になっている為、貴重な記録となりました。人吉から吉松へは、右のキハ52系で移動しました。
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人吉を出発して約1時間で終点・吉松に着きました。肥薩線完乗の為に30分の待ち時間で再びキハ52系に乗り、日豊本線・隼人駅へ至ります。その後、昨日紹介した455・475系に乗車して西鹿児島(現:鹿児島中央)に出ました。
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この日は2回目の車中泊です。最後に乗車したのは、先日紹介した「日南」と共に九州内完結型夜行列車であった急行「かいもん」です。残念ながら方向幕を撮影してない上にマークも出ていないので分かりにくいですが、門司港~西鹿児島間を鹿児島本線経由で結んでいました。

この乗車の約1か月半後に特急「ドリームつばめ」に格上げされましたが、2004年3月の九州新幹線部分開業によって区間短縮化・特急「有明」に編入されて消滅しています。それでは、ここまでの行程です。

(5日目)
大分13:15→(特急「あそ」4号)→熊本15:49・16:54→(急行「くまがわ」5号)→人吉18:24・19:05→吉松20:01・20:31→隼人21:23・21:54→西鹿児島22:38・23:30→(急行「かいもん」)→…


今日はこの日記についでに、鉄道の話題を2つ。

○芸備線・三次駅新駅舎、明日より供用開始
今日の中国新聞に記事と共に写真も出ていましたが、まあ小さくなりましたねえ…。当駅も「セブンイレブン キオスク」併設駅となります(但し、営業時間は短め)。
ちなみに、記念入場券販売は無さそうで、代わりにポストカードの配布があるようです。という事なので、当分、行く予定はございません…。

○アストラムライン側の新白島駅外観工事完了?&両駅の利用予測
これは今日の「イマなまっ!」にて紹介しました。3日前に伝えられたニュースのようですが、アストラムラインの駅に作られているトンネルみたいな建造物にあった、工事用フェンスが外されていました。このニュースの中では、両駅の利用予測が以下のように伝えられていました。

・JR…2万人 ・アストラムライン…1万人 ・両路線で乗り換え…8,000人

ちなみに、新白島駅の記念入場券は両社とも出ます。どちらも硬券で、JRはB型・アストラムはA型です。アストラム側では子供券も出るようですね。

フィルムギャラリー(213)~1993年冬の九州旅4日目・5日目前半(大分駅とその周辺の観光地)

26日は午後に少し雨が降った以外は曇りとなり、現時点で最高気温8.1℃・最低気温4.6℃でした。

本日は「フィルムギャラリー」です。今回も、1993年冬(1月下旬~2月上旬)の九州旅をお送りします。
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この日は珍しく観光(+当時の知り合いに会う?)に充てた1日となり、列車の利用は1区間のみだった記憶があります。大分駅にて列車に乗るまでの待ち時間で、当時導入されたばかりのキハ125形と主に日豊本線南部エリアで走っていた455・475系を撮影していました。
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この日の目的地1つ目は、現在は「うみたまご」の水族館・マリーンパレスでした。何故か屋内では写真を写しておらず、当時の記憶は残っていませんが、2004年にリニューアルされてこの建物は現存しないようです。
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もう1つの目的地は、マリーンパレスの道向かいにある「高崎山自然動物園」でした。案内看板によれば、猿の食害に悩まされていた地元への対策として当時の市長の命によって「猿寄せ」を行い、餌付けをする事によって「自然動物園」が誕生したとあります。

猿たちは何組かのグループに分かれていて、時間によって違うグループが餌場のあるエリアに下りてくる、と当時訊いた記憶があります。餌を与える時間になると、写真のように多くの猿たちが集まってきます。
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ここで多く撮影した中でも、お気に入りはこの2枚です。結構近くからの撮影だったのですが、猿と目を合わさないようにするのがいいそうなので、念の為にご注意ください。この2か所へは、東別府駅まで行ってバスに乗り換えたと思います。
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翌日は、豊肥本線・中判田駅から。おそらく、当時の知り合いの最寄り駅だったように思いますが、忘れました。昨年が開業100周年だったんですね。
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乗る列車の関係上、まずは大分へ。車庫には、キハ52形とキハ45形らしき気動車、そしてEF30形か81形らしきステンレス製機関車の姿もあります。
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大分から次の列車に乗る間、ホームの列車を撮影です。まずは特急「ゆふいんの森」です。JR九州の観光列車の元祖ともいえ、この春からは4両編成が5両編成へ増強されます。
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こちらは、前日にもキャッチした455・475系ですが「タウンシャトル」のヘッドマークがありません。九州では数年前に消滅しましたが、最後まで残った北陸でもついにこの春のダイヤ改正で消滅ですね。
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こちらは、何故か「試運転」表示だった415系です。現在も大分ではわずかながら見る事は可能だったと思いますが、改正後はどうなるでしょうか。
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455・475系と783系の並びも消滅して数年経ちましたね。783系の元々の塗装が消えても、結構経っているでしょうか?
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最後は、50系客車運用があった頃の久大本線の列車です。DE10にもタウンシャトルのヘッドマークが付いていました。それでは、ここまでの行程です。

(4日目)ほぼ観光の為、列車利用は大分~東別府のみ
(5日目)中判田12:21→大分12:37

フィルムギャラリー(212)~1993年冬の九州旅3日目(指宿枕崎線他)

25日は昼前後に少し晴れた以外は曇り、最高気温12.8℃・最低気温0.6℃でした。

本日2回目は「フィルムギャラリー」です。今回も、1993年冬(1月下旬~2月上旬)の九州旅をお送りします。
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この日のスタートは熊本から。中線にキハ31形が留置されています。国鉄末期~JR初期にかけて投入された車両ですが、見た目は北海道と四国に投入されたキハ54形に似ています。この地区では肥薩線・三角線で使用されています。
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次に乗りたい路線が指宿枕崎線だったので、熊本→西鹿児島(現:鹿児島中央)を特急「ハイパーつばめ3号」(783系)で移動しました。写真の区間は忘れましたが、現在の「肥薩おれんじ鉄道」の区間(佐敷以降?)と、乗り換えて乗った指宿枕崎線・喜入(きいれ)付近です。
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西鹿児島で指宿枕崎線に乗り換え、まずは指宿(いぶすき)まで向かいました。乗った列車は快速「なのはな」でしたが、九州の気動車置き換えを一気に進め始めたキハ200系でした。九州の在来線普通列車用気動車では一番好きです。
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そのまま指宿で待ってもよかったのですが、待つ間に往復可能だったので隣の山川に向かいました。山川はJRの有人駅では最南端ですが(訪問当時、沖縄の「ゆいレール」は未開業なので、表記は日本最南端)、無人駅も含めたJR最南端は更に2つ隣の西大山です。ちなみに、駅名は「やまかわ」ですが、地名は「やまがわ」だそうです。
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山川への訪問を終え、指宿に戻ってきました。1980年に完成した駅舎だそうですが、現在は全く異なる色になっているようです。
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JR最南端駅・西大山付近から車窓には「開聞岳」(かいもんだけ・924m)が見えてきます。ここは火山で、2000年にも噴気が観測されています。その美しい形から「薩摩富士」とも呼ばれ、過去に2回、青春18きっぷのポスターにも採用されています(2007年春・2010年夏)。
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指宿から1時間10分で終点・枕崎に着きました。こちらでも当時の車両はキハ58系でした。1983年までは伊集院への鹿児島交通線が接続していましたが、豪雨被災で廃線となった為、代替の路線バスが構内にいました。
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当時の枕崎駅は鹿児島交通(当時の南薩交通)の手によって1931年に開業したもので(国鉄線乗り入れは1963年から)、敷地・管理とも鹿児島交通が行っていました。鉄道よりもバスターミナルとしての役割の方が大きかった駅でしたが、周辺再開発で2006年頃に解体されました。

駅も100m移設されて駅舎が無い状態でしたが、市民からの寄付によって2013年に駅舎が建てられ、グッドデザイン賞を受賞しているそうです。理想としてはそのまま往復でしたが、時間の関係で西鹿児島駅までバス利用となりました(先ほどのどちらかの車両に乗車?)。
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バス移動すること約1時間40分で西鹿児島に戻ってきました。新幹線開業前の駅舎はこんな感じで、この頃の名物は「とんこつ弁当」でした。ここで言うとんこつとは鹿児島の郷土料理で、主には豚肉・こんにゃく・(桜島)大根を入れて煮込んだものです。
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この日の宿泊地は大分だったので、レッドエクスプレスの「にちりん」で移動です。特急とはいえ、大分までは約5時間の道のりでした。
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出発直後、車庫には国鉄色のボンネット車両が見えました。既にこの頃からボンネット車の衰退は始まっていたように思います。
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日豊本線の車窓の最初のハイライトが、この桜島でした。後に城山展望台からも見ましたが、絶えず噴煙が上がっています。
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この日の宿泊地・大分に着いたのは22時でした。長らくこの駅舎でしたが、近年大きく生まれ変わりました。それでは、ここまでの行程です。

(3日目)
熊本8:20→(特急「ハイパーつばめ」3号)→西鹿児島10:54・11:15→(快速「なのはな」5号)→指宿12:04・12:08→山川12:14・12:38→指宿12:44・13:08→枕崎14:18・14:30→(鹿児島交通の路線バス)→西鹿児島16:18・16:40→(特急「にちりん」58号)→大分21:58
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